人生はマーマレードのように

アラフォーママの結婚、妊娠、出産、子育て、借金、自分のこと、時々介護のブラック&ホワイト日記

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旦那と付き合って結婚するまでの話⑪《私のこころの話》

こんにちは。くまみみです。毎日寒い日々が続きますね。昼間にやっと晴れてきてくれると、ホッとして目を細めてしまう私です…。

いつも旦那の事ばかり書いていて、まるで旦那の人生ブログのようになってしまっているこのブログ!(-ω-;)今回は私の話です。

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私のこころの話

 

前回の続きです。

www.kumamimiko.com

私は非常勤職員として働いていた職場が実は合わず(今までと全く違う職種だった事や人間関係の面で)、私は私なりに苦しんでいました。(心療内科に行くほど。)

 

「一年契約の更新あり」だったのですが、正直最初の段階から合っておらず(私も色々とわかっていなかったので落ち度はある)、一年と言わず途中で辞めたかったんですが、アルバイトじゃないんだから途中で辞める人なんかいないし、いい歳だし、その後の履歴書に書く事を考えたり、その時の職場の人との人間関係も考え、波風を立てたくなかったし…(日に日に人間関係は悪化していったのですが)、無理してでも何とか一年勤め、もっともな理由をつけて契約更新はしなければ万事収まるんだ…と考えて、結局、我慢して一年何とか勤めました。

 

(仕事内容も基本単純作業なのにお給料は良かったので、合っている人には好条件の職場でしょう)

 

 

翌年の3月いっぱいで契約終了(退職)して、4月からは仕事は決まっておらず、気持ち的にはゆっくり出来ました。(お金は少しだけありました)。

 

心療内科はいつから受診していたかと言うと…たしか勤務中からですね。私の症状はとにかく他人が怖くて心が死んでるような感じだったのですが、とにかくいつも疲れていて(気持ちが張りつめていて?)夜はすぐ眠くなっていました。

 

いつも心療内科の先生には必ず、「眠れていますか?」と聞かれてました。眠れているから、鬱ではなかったのでしょうかね。正式な病名はわかりません。(向精神薬みたいなのは処方されていました)

 

その後3ヶ月の間、中々仕事も決まらなくて無職でした。時々心療内科に通って、彼とたまにデートして、それ以外はゆっくり家にいました。実家だったので。親は多分心配はしていたでしょうけど、もういい大人だし、何も言いませんでした。時間が経てば何とかなるだろう、と思っていたのかなぁ?

 

その3ヶ月間は、表向きは確かに就活中であった事は間違いないのだけど(独身だしお金もそのうち無くなっちゃうので)、でも治療中でもあったんですね。実家と両親には感謝です。

 

(その後7月からまた新しい仕事に就いていますが、そこもまた長くは続きませんでした。人生には立ち止まる時期もある、という事でしょうか…。)

 

※いい加減、もう結婚出来れば、こんなに仕事で彷徨う事もないのに…!と思わなくもなかったのですが(;´∀`)、人生そんな甘くもありません(笑)
だって立ち止まるというほど私は走り抜けてもいないし、人生経験も社会経験もまだまだ足りなく、自分の殻を破れてもいない私。そうは問屋が卸さない!神様がまだあなたはダメだよ、と言っていたのか…。まぁその後やっと結婚するも失敗しているのですが、結局どうしたら良かったのか(笑)

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それもちょうど10年前の話なので、今はもうすっかり忘れかけている位の出来事です。いつからか…多分辞めて一年位は精神は元には戻っていなかっただろうけど、その後徐々に時間が解決しましたね。(心療内科もいつからか行かなくなりました)

 

私がまだ社会人として未熟だった事と、合わない職場と合わない人間関係の所に入ってしまった、ただそれだけの事です。(その職場のオリジナルルールってありますよね?私はそれが物凄く嫌だったんです。自由がなくて。そうしないと許されない、みたいな。嫌だったらその人だけハブみたいな。)

 

今の主婦の私だったら、職場の人達と少しは話が合ったかも?でも、やっぱりあの自由を許さないルールは今でもヤダな~。

 


次回につづく。